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ヴァイオレット・エヴァーガーデンと京アニ放火事件

京アニ作品『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』は、幼い頃から戦場で殺戮の限りを尽くし、心のない殺人機械と呼ばれた少女兵ヴァイオレットが両腕を失う重傷を負って軍を離れた後、「自動手記人形」と称される代筆屋として第2の人生を紡いでいく物語。
その序盤、仕事を始めたばかりのヴァイオレットの雇い主であり、兵士としての彼女を知るクラウディア・ホッジンズが印象的な言葉を投げかける。 
 
君は自分がしてきたことで、どんどん身体に火がついて燃え上がっていることをまだ知らない。
(中略)
いつか、俺の言ったことがわかる時がくる。そして初めて、自分がたくさん火傷していることに気づくんだ。
 

 

ホッジンズが言っていることの意味がわからず当惑するばかりのヴァイオレットだったが、代筆の仕事を通じて出会った人々のさまざまな愛の形に触れ、自分自身の心にも人間らしい感情を積み重ねていく。 
そしてある夜、ふとホッジンズの言葉を思い出したヴァイオレットが、その言葉の意味と戦場で自らが重ねてきた罪の重さを初めて実感し、文字通りのたうち回って苦しむ―というシーンがある。
 
断片的なニュースゆえ、容疑者の心に何が起こっているのかを即断するのは禁物だが、上記のエピソードに何か重なるものを感じた人は少なくないだろう。
(兵士と放火犯を一緒にするなと怒られるかもしれないが)
 
犠牲者遺族の立場からすれば、彼が手厚い治療を施されて生きていること自体が許せないと感じても当然だろう。また『ヴァイオレット』の作品自体も、劇場版の公開延期など事件によって大きく傷つけられた。そこはいちファンとして、強い怒りを感じるところだ。
 
それでも、罪に対する本当の罰とは、罪人が自分の為したことのすべてに向き合い、その重さを認めたときにこそ与えられるものなのだと、これは当事者でない人間だからこそ言わなくてはならないと思う。
 
ともあれ、それぞれの個人的な思いはあったろうに、それを抑えてやるべき仕事をやり遂げた医療関係者のみなさんには、敬意を払わずにはいられない。
 
事件の解明はまだその入り口にすら立っていないが、その前進のためにも、容疑者がその救われた命を有効に使うことを心から願う。